2035 02
8:00-get up! 夜中に5回も起きていると、起床と言ってもピンとこない。昨日の遠征の疲れが溜まって冴えない頭で起きて椅子に座っていると、そのまままた眠くなる。ハッと「いかん」と気づいて立ち上がり、体を動かしているうちに目が覚めてくる。とにかく、じっとするとダメだ。早く準備して外に出よう。と、何か口に入れないと、、、、
9:00- ウォーキング開始
9:30-10:00 atセブンイレブン∟ ThinkingTime[老活]
知の森の中に入ると、たくさんの分岐点に出会う。知らないことだらけだからだ。そこで一つ一つ、先に進む。何のためか、などはとりあえず二の次でよい。日中は振り返らず、歩きながら無心になる。もし何かが思い浮かべば、そこで立ち寄る。立ち寄るといっても、それは仮想的な知の空間である。ほんの少し立ち止まり、メモをする。そして老船の櫓をこぐがごとく、ゆっくり、ゆっくりと進む。
▷ナイトタイム
♨️
▷
📍 22:00 The day is drawing to a close.
▶︎非重要急課題‖ブレーカーがすぐ落ちる。配電盤ブレーカーは、一点当たり20A。8個ぐらいある。2階は落ちない。電化製品は1Fに偏っている。
→ 容量を増やしても何百円/月だとか。明日再調査する。
▶︎灯油を自宅まで届けてくれるサービス業社がいるらしい。町内の(少ない)知人に聞いてみること。
「国の借金」最大の1342兆円 25年末、国債発行に依存
[出所 日経新聞夕刊]
📌 見出しだけで記事を追う気になれない。衆議院選挙大勝の今だとばかり緊縮派垂れ流しの「国の借金が過去最大」という見出しは、もはや思考停止を量産するための定型句である。選挙で大勝ちした政府の今だからこそ声を、むしろ声を大に訴えたい。
記事では1342兆円という数字を掲げて危機感を煽るが、その内実についてはほとんど語られない。国債は誰の負債で、誰の資産なのか、通貨発行権を持つ国家とは何者なのか、そうした前提を一切省いたまま「借金」という言葉だけを振り回すのは、報道ではなく刷り込みである。
そもそも財源不足を理由に国債発行が増えたという説明自体が、家計簿脳の自己告白にすぎない。国家財政を家計と同一視する発想が、いまだに公的機関と大手メディアの中枢を占拠していることに、むしろ危機を覚えるべきである。借金の額を問題視しながら、同時に長期停滞と少子高齢化を放置してきた結果が今である。
本当の問題は、国債を出し過ぎたことではない。必要なところに十分に使わず、出すべき時に出す覚悟を持たなかったことである。「国の借金が増えた」と嘆く前に、その30年間で何を守り、何を切り捨ててきたのかを総括すべきだろう。数字に怯えるふりをしながら、思考停止を続ける限り、この国の未来は軽くならない。
重いのは借金ではなく、発想のほうである。
