窓を見ると光が差し込んでいる。晴れているのだろうか?
足を枕にひっくり返るようになったのはまだひと月程度だと思う。足枕で心地良さそうな寝息を耳にしていると、しばらく動けない。寝返りする間に、首が安定する位置を作ってあげる。
背伸びしたり、顔を見合わせると、大きな口であくびをする。歯を見ると人間のようなすり潰す形状ではない。噛み切るための大小数本の犬歯、いや猫歯。長く鋭く尖っている。肉食獣特有の形である。たまに甘噛みをしてくるが、痛い。
📌 6:00〜モーニングタイムスタート
📌 9:00-照りつける日差しで頭から湯気が出そうだ。草むしりして、ゴミ袋に入れて、途中ゴミ出し、ウォーキング開始。
五月晴れロータリー照らす眩しきかな
📌 10:00-12:00 ThinkingTime
→ News watch & so on
📌 12:00 よそ見していると一日はすぐ終わる💦
アップルの銀座店舗まで足を運ぶ ‖ スマホ充電器の補強策、SIM格安知識補填、、etc..,todolistにて検討中
📌 18:00- 成田空港から電話あり。HH、電車賃がないという。なんとかギリギリ大丈夫とのことでアラームは消えた💦 。ついでに、二回目のウォーキングへシフト。東飯能駅往復→9684歩
📌atHome 24:00 gotoBed
ニュースウォッチ
金融マーケット情報
米欧選挙に潜む財政リスク / 1ドル=168円の円安試算も
選挙イヤーでどうなるのか
経済は一国に大きく影響を与えるため以下、変動要因を掲載。
- 2024年は80を超える国・地域で国政レベルの重要選挙がある
- 6/27 に米大統領選候補の初のテレビ討論会
- 30日にフランス国民議会選挙の初回投票
蚊の吸血止める分子発見
蚊には生き残り戦略としての面白い習性がある。動物の皮膚に針を差し込んで吸血すると、人間ならは痒みを感じた時、無意識に張り手をくらわすだろう。そうなると蚊はひとたまりもなくあの世ゆきだ。
もっとも、例外はある。蚊に刺されてもじっと我慢するというヤツがいた。
昔、仕事仲間で忘年会をしている時に「誰が一番優しいか?」という話で盛り上がったことがある。喧々諤々、優しさ自慢が始まった。最後まで残った私は、とある決め手で負けた。
何かというと、蚊に刺された時の対応を問われたのであるが、私は、痒さにたまらず叩いてしまうことを思い出して、そう答えた。ところが、ヤツは、じっと見守るというのだ。十分に吸わせてお腹を真っ赤に満たして飛んでゆくのをみて満足するだと。これで負けを認めた。上には上がいるのだ。
私は寝ている時にドロボーが来て布団を欲しがられたら、黙って寝たふりをして外に転げ落ち、布団を担いでゆくドロボーの逃げる姿を楽しむ、と言って、どうだっ!負けを認めるか、と言ったものだ。さすがに、蚊に十分血を吸わせるヤツには勝てなかった。
閑話休題
そんな例外は別とする😸
蚊の生き残り戦略として動物がおよそ痒みを感じる前の腹八部に至ると吸血を止める習性があるという。その習性をコントロールする仕組みを担う物質を発見したというニュースである。
「理化学研究所」と「東京慈恵医会医科大」の研究チームは、血液の中の分子が蚊に腹八分目を知らせるシグナルを出し、蚊が吸血を止めるという習性を突き止めた。20日付の米化学誌セル・リポーツ電子版で発表した。
研究陣は、この仕組みを利用して人為的に吸血を阻害できるのではないか、と話している。新薬が登場することになるのか?
東北が梅雨入り、奄美地方は梅雨明け
23日気象庁発表。東北の梅雨入りは平年より8〜10日遅い。一方、奄美地方の梅雨明けは平年より6日、昨年より2日早かった。
ホンダ50cc以下のバイク(原付)生産終了
一世を風靡したホンダの原付時代の幕が閉じた。
コラム
健康記録
6:00頃BaceBread1個 空腹のため、7:30-8:30
朝食‖ ロカボ食 野菜(胡瓜、ワカメ、インゲン、玉ねぎ、卵1、大豆)→ 鶏胸肉→パスタ≒100g?
昼食‖15:00-16:00 ロカボ食 ‖ そのあと昼寝した。そのために、腹7分程度で抑えている。
夕食‖欠食、杏一個。焼酎1合程度、ツマミ50g程度。 ‖ ストレス解放できたせいか、血圧理想値になった。
血圧 朝(105.64.71)夜(94.58.80)
運動記録 walking (歩数9684)、ストレッチ、草むしり、ジョギング
体重 53.3kg
✴️左目の怪我の痕がピリピリする。だいたい、瞼が重く感じる。眼科行った時、目薬つけるのに左瞼をひっぱられた💦
何か見るときに手で瞼を持ち上げるお年寄りの話を思い出し、そんな自分を想像して吹き出しそうになったのを覚えている💦
植物たちとの出会い
アイキャッチ画像
ペチュニア (ペチュニア属の一種)(Petunia)
別名:ツクバネアサガオ(衝羽根朝顔)
飯能南口大通り付近の宅地庭先
これら全てベチユニアに判定されてしまう。小さい花弁のものは、 花弁が二重構造である。花弁は2.5㌢。以前アップしたペチュニアの花弁は6㌢ほどで大きい。小さい花びらのペチュニアは、葉も小さく小ぶりです。同じ種類なのでしょうか?人面にも似てます。
(説明)南米原産の「Petunia integrifolia」と「Petunia axillaris」の交配種として、ペチュニアは1834年に初めてイギリスで誕生しました。現在では、庭やバルコニーを彩る花として世界各地で楽しまれています。また、流通している園芸種の多くは本種に由来していると言われています。</Apl>
川柳、俳句、短歌
▶︎投稿者 のりさん
- その写真 私に元気 与えます
- どんな写真なのだろう
- パスワード 忘れてしまい 老い進む
- あるある、ですね
- 老い進み 忘れて進み 転びける
- おなじくあるあるです
- 老い老いと 云うなよ老いぼれ 今日も行く
- ・・・
- 清々し 朝を迎えて カラス啼く
- カラスは朝啼くのでしたか・・
- 子供らの 声聞えて 雨あがる ‖ イメージが湧きますね
詩歌 人物史 北原白秋
北原白1885年1月25日 – 1942年11月2日 (享年44)
出身 福岡県柳川市(水の都)、神奈川県鎌倉市にて没
本名 北原 隆吉
作品 多くの詩集、短歌集、新民謡「ちゃっきり節」など。
同時代の文学者 石川啄木、若山牧水
石川啄木と同じく与謝野鉄幹・晶子夫妻の「明星」に傾倒。
### 人物史伝
幼少時代は酒屋さんで所蔵の本も沢山あった裕福な家庭で育っています。しかし、1901年、白秋が16歳の時に故郷に大火が発生し、北原家は酒造財産を失い、その後北原家は徐々に没落してゆきます。そして、白秋が1909年「邪宗門」を出版する年に、生家が破産に至ります。
尚、同じ九州人の若山牧水とは1904年、早稲田大学英文科予科で知り合ったのでした。
彼は早稲田大学に進学しましたが、文学に専念するために中退しました。生涯定職を持たなかったそうです。神童石川啄木も文学に傾倒するあまり、成績が落ち、結果的に中学校を追放処分になったのでしたが。
彼は「明星」などの文学雑誌に参加し、与謝野鉄幹や与謝野晶子たちと交流を深めました。早稲田大学では、若山牧水等と交流があり、三水と呼ばれました(既述)。しかしながら、こうして文学を志してからは波瀾万丈で貧困・女性関係・家族関係*(1)で多くの困難を抱え、苦しむようになってゆきます。その一方で、その環境を筆一本で乗り切った筋金入り文学者であり、近代日本を代表するロマン派詩人として名を残しました。しばしば「国民詩人」とも称されるのは、戦争を賛美するような作品のせいですが、それは軍事国家の一翼を関係者の要請に基づいて担ったからでした。それなりの理由が背景にあったものと思いますが、本当のところはわかりません。
注釈*(1)貧困は実家の破産、女性関係では燐家の人妻との不倫で一時期投獄され、信用の失墜、その後その女性と結婚はするものの、なぜか離婚。二度目の結婚では浪費癖の妻の家出に遭遇。3番目に、生涯の伴侶を得ることになりました。
時を同じくして、山田耕作(1886〜1965)というパートナーを得ることになります。山田耕筰は日本で初めて交響曲を作曲しました。この2人の合作が「からたちの花」「この道」「まちぼうけ」など多数の童謡が遺されています。
この後、関東大震災で大損害を被ることになります。1926年に震災の影響の少なかった谷中(台東区、私も近くに住んでいたことがありますが)に移転。あのあたりは正岡子規も住んでいた場所かと思います。
### 作品
– **詩集**: 『思ひ出』『邪宗門』『桐の花』….
– **短歌集**: 『桐の花』『白金の独鈷』…
– **童謡**: 既述
### 晩年
晩年、彼は糖尿病の合併症で眼底出血を起こし、両目の視力をほぼ失います。心臓病に苦しみながらも執筆活動を続け、1942年11月2日、太平洋戦争の激しい戦禍の中で亡くなりました。享年44才でした。彼の故郷である柳川市には「北原白秋記念館」があり、小田原文学館では「白秋童謡館」にて彼の生涯や作品を紹介しています。
### 作品選
・ 草わかば色鉛筆の赤き粉この散るがいとしく寝て削るなり(桐の花)
・ 春の鳥な泣きそ泣きそたあかと外との面もの草に日の入る夕(桐の花の巻頭歌) ‖ 屋内にいて草木を染める夕焼けを眺めながら、「泣いてくれるなよ」と呼びかけている様を詠んでいるかのようだ。
・ ああ笛鳴る思ひいづるはパノラマの巴里(パリス)の空の春の夜の月
・君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとく
以上、リサーチ終了
✴️次回は、山田耕作か瀧廉太郎か芋づる式でリレー
ミニコラム
これまであまり興味を持たなかった近代の文学者の歴史を齧っている。はるかに私より若い世代で成し遂げた成果を足早に味わっている私は元漁師である。時は取り戻せない。考えても仕方がないが、ざっとウォッチしたい。知識はキリがない。その後、全てを一つに集中するのかどうか、ほどなき余生を問うことになる。