コラム 経世済民
衆議院選挙が終わり、政治についてぼんやり考えているうちに、「そもそも政治とは何か?」という定義を深掘りしてみたくなった。
調べてみると、政治の目的は「経世済民」だという。これまでも何度か出会ってきた言葉だが、人間は(失礼、私は)すぐに忘れてしまう。そこで改めて定義しておこう。経世済民とは「世を治め、民の苦しみを救うこと」を指す四字熟語だ。
略すと「経済」となり、語源は『荘子』斉物論にあるという。図らずもここで『荘子』が目の前に現れた。今の自分の立ち位置から湧き上がる思考に、驚くほど合致しているため、一度その概要をまとめてみることにする。
あわせて、キケローの『老年論』やストア派、さらにはサルトルの実存主義との共通点という深みにまで足を踏み入れてみた。独学で積み上げてきた自分の思考過程と照らし合わせる作業は、際限がなくなりそうだが、今の現在地を確認するためには大切なプロセスだ。深入りしすぎず、かつ丁寧に向き合って、一度区切りをつけたいと思う。
東飯能市民センター内で記した。
追記‖ 道々スマホで聴く音楽は主に癒し系である。集中しなくて済むから肩が凝らない。今朝は、バッハのアダージョというキーワードを思いついて聴いた。古いクラシックは先入観で避けてきたが、これがなかなかよろしい。ゆっくりなのが老活向きだ。
