2045 05
9:00-10:00 atセブンイレブン∟temporary break
ニュースウォッチ 省略
10:30-ウォーキング再開
📌 駅前の身分証明書撮影機器で、証明写真4×3 撮影プリント。¥1,000(メニューに画像補正付きしか用意されていない)。
→ 図書館 ∟temporary break 新聞飛ばし読み
15:45- 記録ウォーキング中 神社撮影トップページ置換
m>くしゃみが多い。花粉症の発症だと気づく。5月上旬まで我慢するか、医者で処方してもらうならこの時期である。
16:00-スーパーで買物

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〜17:30 店仕舞い

真っ暗闇だというのに、写真は勝手に明るく映ってしまう。猫の目ならこのような明るさで見えるのかな?写真の知識がないので、なかなか思いどりの写真にはならない。

峠の我が家まであと少し、、
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22:00-The day is drawing to a close.
備忘録‖
▶︎衆院選、中国系400アカウントが「反高市工作」 / 日本語発信やAI活用で巧妙に
✍️ 巧妙に、とは言うが、意識して動画を視聴していれば、制作者の意図や違和感には気づくことができる。人間はそれほど鈍感ではない。本来、生命を脅かすような危機に対しては、本能的に察知できるはずだ。
しかし、仕掛ける側も人間である。悟られぬよう巧みにアプローチを重ねてくる。人はそう簡単に騙されないからこそ、工作側も(例えば反高市工作のように)相手に「利」を感じさせる高度な戦略を練る。それはさながら、猿飛佐助と霧隠才蔵による忍術合戦のようだ。そもそも、中国だからといって、無条件に敵視しなければならない正当な理由など本来はないはずなのだ。
老活
どのように老いてゆくのかわからない。そのための日記でもある。何年後かに読んだら明らかに差がわかるだろう。毎日の変化は分かりにくい。よかったり、悪かったり。一喜一憂している波である。その波が減衰していくことは頭では分かりきっている。が、実際は日常的にそれが感じられるほどではない。
今朝方感じた比較的大きな変化は目の見え具合である。と言っても、両目を開けて見ている限りは、気づかない程度である。しかし、これはおそらく明らかな予兆であり、体からのメッセージだ。二、三日以内に専門医に診てもらう方が安全だ。
⚠️[経緯]今朝のウォーキング開始して間も無く、左目と右目の見え方を比較して少し驚いた。まるで見える景色が異なる。左目の見え方はすでに普通ではなくなっている。二、三日前から眼球を動かすとクラクラするような目眩を感じていた。この現象について今朝のウォーキング開始後すぐに思いつき(朝の爽やかな時間帯だから思いつく。くたびれた日中では思いつかない)、片目を瞑りながら視界を確認したところ、左目から見える外の景色が「まだら模様」の紫っぽい反射光が見える。眩しい。両目で見る景色は右目で捉えているようだ。⚠️帰宅してから目の点検をするべし。中近メガネが合わなくなっていることが原因でふらつく、と誤解していたかもしれない。10:00記。
⚠️⚠️ 11:00- 再チェック 左目も見えるようになっている。朝特有の症状かもしれない。自立神経がまだ立ち上がっていない(仮定)のか?
佐藤愛子氏の娘さんのノンフィクションストーリー
東京新聞の広告欄に目が留まった。老活に関わる書籍が掲載されていた。
佐藤愛子さんはすでに102歳である。今なお怒りを露わにして生きているらしい。そして娘さんが付き添って生活しているという。その娘さんも70歳を超えている。まさに老老介護である。
その日常は凄まじい、と紹介文にはあった。
私は「人生100年時代に挑戦」という日記を書いているが、試行錯誤の老活にとって参考になる事例のように思えた。
もちろん、他人は他人、自分は自分である。相手がどうあろうと我が道を行くしかない。それが人生である。
しかし、人がどのような思いで日々を過ごしているのか、あるいは過ごしてきたのかには、やはり興味が湧く。誰もがそれぞれの世界で孤独な戦いをしているという前提があるからだ。
この本について結論から言えば、自分と彼女の間にある種の類似性を感じた。その概要を知った時点で、それ以上の言葉を重ねる必要はないと思えたのである。
読みたくはある。だが、今回は読まずに、読んだつもりで先へ行くことにする。
260221記
