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モーニング。起きてコップいっぱいの水を飲む。飲みたいからではない。医師の指示に従っている。
ゆで卵一個で外出、と思ったが、玄米粥100gの中に茹で小豆を80g、胡桃数片、そこへ酢を少し垂らしてマヨネーズで味付けする、、、我流の朝食を終えて💊3種、、さぁ、雨にも負けず外出だ。外を窺う足元の「きなこ」を払いのけて外に出る。
ところで、この歳になると「無くて7病」。どこかしら具合が悪い。それが当たり前。生きている証だ。
8:00 atセブンイレブン∟ ThinkingTime
いい音楽を聴きながら、今日という一日一生の方向を描く。たいてい描いた通りにはならない。が、迷いを減らす効果は大きい。途中180度違う方向に進んだとしても、その時軌道修正するだけでここで描いた本質は変わらない。その分岐した先に何があるかは歩いてみないと100%は想像がつかない時もある。人生、そんなものだ。いや、そうではない。一度描いた限りは何がなんでも障害を超えて進む人もいる。生まれ持った性分も関係している、、、
ざっくり、予定を立てた。課題は「しんがり」を務め切る、である。他人にはなんのことか意味がわからないが、心にあるイメージだ。戦国もので言えば、秀吉が信長の負戦で並いる武将を払いのけてシンガリ役を引き受けて命からがらの信長を逃しきった。あんなイメージを持っている。虎穴に入らずんば虎子を得ず。
ニュースを一つ取り上げてみる。なんといっても、今はイランとイスラエル・米国の戦争とは言わない戦争の状況把握からである。
9:00 ウォーキング再開
→冷蔵庫が空であった。→食材購入。キャベツ

午後からは晴れて桜吹雪の舞う入間川沿道をウォーキング。
📍 14:00〜 午後のウォーキング。昼食で眠くなり始めたところでウォーキング再開だ。眠い時には寝るのが1番、という気もするが、頭が疲れただけなら体を使えば頭が休まって疲れが取れる。果たして、実際はどうなのだろうか。

「しんおおはし」。昭和48年3月竣工。わたくしが満2歳の後半にできた橋だ。どこにでもありそうな橋であるが、古い割に頑丈そうな作りだ。渡ってみよう。

吹き抜ける 風のまにまに 舞い踊り
影さえ白し 桜の嵐
一陣の 風に追われて 花吹雪

春ひるね 足を枕に 猫丸し
📍 22:00 The day is drawing to a close.
【メモ】
記事要約
トランプ米大統領は4月1日、自身のSNSで「イラン新政権の大統領が米国に停戦を求めてきた」と投稿した。これに対しイラン側は直ちに否定し、「6カ月の戦闘準備がある」と強硬姿勢を示した。一方、報道の一部では両国が停戦に向けた協議を行っている可能性も指摘されている。双方の発言が食い違うなか、停戦を巡る政治的・外交的な駆け引きが激しくなっている。トランプ大統領は2日にイラン攻撃について演説する予定である。
✍️ コメント
国際政治の現実は理想主義とはほど遠い。今回の発言もまた、戦争そのものより「物語の主導権」をめぐる争いである。
本当の戦争とは、こちらが正義を掲げ拳を振り上げている間に、海を越えてきた敵に喉元を突かれるようなものだ。礼節を重んじる日本に対し、敵は形式など構わず実利のみで動く。今や兵器を背景にした劇場型政治が外交を支配しているが、古今東西を問わず、最終的な勝敗を決めるのは『民衆の支持』であることを、指導者たちは痛いほど理解しているはずだ。
トランプ氏が「イランが停戦を求めた」と発信するのは、軍事的勝利よりも政治的勝利を演出するための典型的な情報戦である。一方、イランが即座に否定するのも当然である。中東政治において「弱さ」を認めることは政権の正統性そのものを揺るがしかねないからである。
歴史を見れば、戦争の大半は戦場よりも外交と宣伝の舞台で決着してきた。停戦交渉が裏で進んでいる可能性は十分にあるが、表では互いに強硬姿勢を示さざるを得ない。国内世論、同盟国、敵対勢力へのメッセージが絡み合うためである。
より本質的に言えば、中東紛争は「勝者のいない戦争」である。軍事的勝利があっても政治的安定にはつながらない。イラク戦争(*1)やアフガニスタンの例を見れば明らかである。
今回の衝突もまた、軍事的には短期決着が可能であっても、政治的には長い不安定を残す可能性が高い。
国際政治の冷酷な現実は、正義ではなく「力と物語」をめぐって動いているのである。
そして世界の多くの紛争は、平和の理念ではなく、互いの体面を保つための妥協によって終わるのである。
【注記】(*1)イラク戦争
ここで言及したイラク戦争とは、2003年に米国を中心とする有志連合がイラクのサッダーム・フセイン政権を武力で打倒した戦争を指す。背景には、ジョージ・W・ブッシュ政権が「イラクが大量破壊兵器を保有している」と主張したことがあった。また、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、米国では中東の独裁政権を安全保障上の脅威とみなす空気が強まっていた。
しかし、開戦後に大量破壊兵器は発見されなかった。このため戦争の正当性は国際社会で大きな議論となった。
軍事的には米軍は圧倒的な力を持ち、2003年4月には首都バグダッドが陥落し、フセイン政権は崩壊した。ところが、その後の展開が問題であった。
旧政権の軍や行政組織を急激に解体した結果、国内の統治機構が崩壊し、宗派対立や武装勢力の活動が激化した。イラクは長期間にわたり混乱状態に陥り、後には過激派組織であるイスラム国の台頭を許すことにもつながった。
この戦争は、「軍事的勝利がそのまま政治的安定を意味するわけではない」という典型例としてしばしば引用される。
つまり、戦場で勝つことと、国家を安定させることはまったく別の問題なのである。
この文脈でイラク戦争に触れたのは、現在の中東情勢でも同じ構図が繰り返される可能性があるからである。軍事衝突が短期的に終わったとしても、その後の政治秩序の再建には長い時間と複雑な調整が必要になるのである。
90歳の同級生・Mさんが教えてくれた「学ぶ」ということ
今朝の東京新聞の読者投稿欄。そこには、私の大切な友人であるMさんのこれまでの歩みが綴られていましたので、記念に残しておきたいと思いました。

Mさんの歩みと学びの軌跡
- 幼少期の苦難 戦争で負傷した父に代わり、家族を支えるため労働に従事。中学1年生の途中で通学を断念せざるを得ませんでした。
- 86歳での転機 股関節などの手術を受け、心が沈んでいた時に新聞で「神田一橋中学・通信教育課程」の存在を知ります。「自分も学びたい」と心のスイッチが入った瞬間でした。
- 90歳の現在 中学校卒業資格を取得。現在は自主夜間中学「えんぴつの会」で学びを継続されています。「年齢を忘れるほど楽しい」という言葉が印象的です。
「社会科を学んでから、自分の考えを持ってニュースを見るようになった」
このMさんの言葉には、単なる知識の習得を超えた「生きる力」と「市民としての自立」が宿っています。
戦争が奪ったもの、学びが取り戻したもの
Mさんの人生は、戦争がいかに個人の「当たり前の権利」を無慈悲に奪い去るかを私たちに突きつけます。
- 学びの権利の保障: 夜間中学や通信制中学は、戦争や貧困で教育の機会を奪われた人々のための「希望の灯」です。
- 平和への決意: 戦争は生活のすべてを破壊します。Mさんのような情熱を誰一人として奪われることがないよう、私たちは「戦争につながるもの」を丁寧に取り除いていかなければなりません。
結びに
90歳の「朋友・学友」が教えてくれた、学び続ける尊さ。 その背中に学び、私自身も平和への歩みを止めてはならないと、改めて心に誓った朝でした。

