日記251222(月)曇晴2-12℃

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冬至。風が強く吹いている。そのうち、風はやや治り、寂しげな冬の景色に変わっていった。

入間川 風に身を貸す 枯芒

冬至影 入間の川面 梳(けず)りゆく

冬至の日 枯れし芒(すすき)の 鳴る川瀬

13:30-14:30 帰宅、ランチタイム

14:30-16:00 1.5h 裏庭整理整頓

お邪魔虫のお出ましだ。盛んにキーボードをふみふみしている。いずれ飽きるはずだと、我慢比べ中。じっと画面をみていて離れない。そうこうしているうちに、ゆで卵を茹でているのを忘れていた。「ピーピー」ガスレンジが鳴動している。慌ててキッチンに飛び込みガス栓を止めた。が、すでに警報が鳴っているのだから慌てても意味ないのに気づく。

📍 22:00 The day is drawing to a close.


[ニュース]

▶︎H3ロケット8号機打ち上げ失敗 文部科学省

✍️ 成功率は99.4%。まだ技術が熟していないようであるが、成功率は高い。

▶︎長期金利2.1%に上昇 27年ぶり、円安進行で利上げ加速の思惑

▶︎日中関係の悪化「日本経済に影響懸念」が46% 「懸念せず」と拮抗[日経世論調査]

▶︎東京23区の中古マンション、平均1億1485万円 19カ月連続上昇

▶︎南鳥島にレアアース泥の処理施設 内閣府、国産確保の実証試験向け✍️予想外の多量のレアアースが日本の海底に眠っている、という。

▶︎ニデック、永守重信氏(81)が生んだ企業文化の功罪 世界首位の原動力も副作用 ✍️ニデックを世界首位に押し上げた原動力が、同時に副作用も生んだという点は象徴的である。強烈なトップ主導の企業文化は成長期には機能するが、組織が巨大化すれば限界も露呈する。永守重信氏の代表辞任は、個人依存型経営からの転換という意味で、むしろ必然だったのではないか。今後は創業者の哲学をどう制度として継承するかが問われるだろう。記念に彼の足跡を辿ってみた。(*1)

(*1)人物伝 永守重信氏

永守重信(ながもり・しげのぶ)の生い立ちと歩み(人物伝)


■ 生誕と幼少期

永守重信氏は、1944年(昭和19年)8月28日、京都府向日市に生まれた。現在81歳。

戦時下から終戦直後にかけての厳しい時代であり、家庭は決して裕福ではなかった。父は早くに他界し、母が家計を支える環境で育った。この体験が、後年の「貧しさへの強烈な危機意識」と「働くことへの執念」の原点となる。


■ 学生時代 ― 劣等感と反骨心

少年期の永守は、学業成績が特別に優れていたわけではない。むしろ、学歴社会への劣等感を抱えながら育った人物である。

しかしその一方で、「努力でしか人生は変えられない」という思考が早くから形成されていた。

高校卒業後、職業訓練校などを経て学び直しを続け、最終的に中央大学法学部へ進学する。

この経歴は、エリート街道とは無縁であり、叩き上げ型の人生そのものである。


■ 社会人初期 ― 営業の現場で鍛えられる

大学卒業後は、モーター関連企業に就職。

研究開発ではなく営業畑を歩み、現場で徹底的に鍛えられた。

この時期に培われたのが、

・顧客第一主義

・数字への執着

・現場主義

という、後の日本電産経営の中核思想である。


■ 起業の決断 ― 日本電産の誕生

1973年(昭和48年)、28歳で独立。

資本金わずか2000万円、社員4人。京都の小さなプレハブ小屋から**日本電産(現・ニデック)**を創業した。

当時の日本は高度経済成長期であったが、大企業中心の構造の中で、無名企業が生き残るのは至難であった。

永守はここで、**「世界一小さくて、世界一精密なモーターをつくる」**というニッチ戦略に賭ける。

■ 貧困体験が生んだ経営哲学

永守の生い立ちを貫くキーワードは、

**「貧しさへの恐怖」と「成長への執念」**である。

・休みを取らない

・結果が出ない努力は努力ではない

・若いうちに死に物狂いで働け

こうした強烈な価値観は、戦後日本の叩き上げ経営者の典型であり、同時に賛否を呼ぶ源でもある。


■ 老活視点からの評価

老活世代の視点で見れば、永守重信の人生は、

  • 「環境に恵まれなくとも、主体的に人生を設計し直せる」ことを示す実例である。

決して順風満帆ではなく、

・学歴コンプレックス

・貧困

・無名からの出発

80代に至るまで現役を貫く姿勢は、人生100年時代の一つの極端なモデルであり、同時に多くの示唆を与える。

だが私たちの世代は、振り返れば「働き過ぎであった」と感じることになるのではないか。

彼の働き方に違和感はない。むしろそれが当たり前だった。

しかし私は今、稼ぐためだけの仕事からは距離を置こうとしている。


■ まとめ

永守重信の生い立ちは、英雄譚というより、

不安・劣等感・貧困を燃料に変えた「執念の歴史」である。

老いてなお学び、挑み続けるという意味において、彼の原点は「若さ」ではなく、「生き方の姿勢」にある。

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