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[アイキャッチ画像はnanoBananaにて製作]

その方針をいつ頃志したのかは、今となってははっきりしません。
おそらく75歳の誕生日、自分自身に「引退」を宣言したあの日だったのでしょう。そして翌月5月30日、私は自ら退職の受理手続きを行いました。
実は、その数年前から、現役で企業経営を続けることに限界を感じ始めていました。体力の衰えだけではありません。判断力の鈍りや、かつての情熱の減退を、どこかで自覚していたのです。
電子機器の受託開発から始まった事業は、やがて人材派遣業へと姿を変えていきました。しかしその変化のなかで、私は次第に事業の意義を見失っていました。会社を手放そうという思いが、静かに、しかし確実に私を突き動かしていったのです。
とはいえ、事業は簡単には畳めません。始めるのは元気があれば可能ですが、終わらせることには責任が伴います。完全にフェードアウトするまでには、想像以上に揺れ動く時間を要しました。
今、量子論やAIという新しい知の世界に触れながら、私は改めて人生の「フェードアウト期」にいるのだと感じています。しかしそれは消えていく時間ではなく、形を変える時間なのかもしれません。
こだわりは少しずつ薄れ、実感も以前ほど濃くはありません。それでも、試行錯誤の毎日は続いています。これが、私の歩みつつある残りの道なのだと思います。
2026年3月1日 記

