日記251223〜251225

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◾️251223(火)晴曇-1〜9℃

📌 18:30-帰宅 🧑‍🦯 12,180歩

就寝前、食後に再度ウォーキング。15000歩超えた。

◾️251224(水)雨^曇 4〜7℃

雨が降り、鬱陶しい朝である。朝7時から、10時半まで、Jと「なが〜い」LINE電話を交わした。現役時代の私の経歴を確認しておきたい、ということであった。まるで法廷に立ち証人尋問に答えるかのような感じで、尋ねられたことを思い出しながら話す。たまに、曖昧になっている記憶もあり、色々なことも思い浮かべながら話すのだが、少しでも尋問に対する意図とずれると修正を求められる。その緻密さにはほとほと辟易するのは昔と変わらずであった。

📌 13:30-雨漏れする靴→ウォーキングシューズ買換え(¥10450)→帰路ウォーキング​

📍 18:00-19:30 料理[豚肉炒め、野菜炒め、ほうれん草のおひたし、ご飯の冷凍保存、、]、夕食。あまりお腹が空いていないが、食べた。食べた分は適度な運動のためにウォーキングに出なければならない。

→ウォーキング🧑‍🦯  8,000歩

そうか、クリスマスイブなんだな、まぁ関係ないけど。

📍 21:30-就寝

◾️251225(木)

8:30- 霧の朝、ゴミ袋を片手にウォーキング開始

📍 8:55- なぜか小手指駅を通過するところである。これから今日一日が始まるのだが、やや気が重い。なぜなのか、半睡で腕を組み、足元の冷たい風を追いやる。

10:00-駅構内。外のルノアールの方が良かった。構内は高い。

[高活]10:00-11:00 カント哲学(*1)についてリサーチ ‖ これが正しい生き方だ、考え方だ、という一つの流儀であろうか。疑問は、人間は間違いを犯す存在ではないか、ということが前提として思い浮かぶ。のだが、より正しいことを言っている、という点では納得できる。尤も、疑問について思考を深めてゆけば色々な別の視点や発見があると思われる。1人で相当考えてきたつもりでも、同じようなところでつまづいたり、してきている。

▷迷路

📍 16:35-池袋駅→17:50飯能駅 いつも思うのだが、電車が止まった時、ここは何駅かな、と思ってもなかなかわかるようになっていない。私だけの不満なのか?駅自体にも、柱にここは何駅、などとは特には記されていない。

📍 23:00 The day is drawing to a close.


◾️ニュース251223
▶︎外国人労働者上限123万人案
▶︎生活保護1人月1000円増額へ
▶︎映画監督榊被告懲役10年求刑
▶︎米津玄師 2年連続の紅白出場

◾️Yahooニュース251225
▶︎備蓄米の本格販売は4月以降 全農
▶︎お花見にも物価高 屋台の価格高騰
▶︎実質手取り増「第3の賃上げ」とは
▶︎買収巡りカナダ大手に反論
▶︎サムスン電子CEO急死 衝撃広がる
▶︎テレビCMを中止 決断した元社長
▶︎オリエンタルランド 社長交代へ
▶︎余裕なくイライラ 空港のカスハラ
▶︎ 尾崎将司さん死去 78歳 / ゴルフ国内ツアーで史上最多の94勝

[高活](*1)カント哲学を学ぶ

イマヌエル・カント(Immanuel Kant)

1724-1804 (80)ドイツの哲学者

(要点)カント哲学の最も画期的なアイデアである「コペルニクス的転回(認識論)」と、現代の倫理観に通じる「定言命法(道徳)」について抜粋

▶︎コペルニクス的転回 カントは、人間の認識を「カメラ」ではなく「加工アプリを備えたレンズ」のようなものだと考えた。

つまり、私たちは「ありのままの世界」を見ているのではなく、「人間という種族が見ることができる形にカスタマイズされた世界」を見ているに過ぎない、という革命的な主張である、という。

✍️なるほど。人によってレンズが違うということなのだ。まるで話が合わない人がいる。それは脳や目に備わっているフィルターのせいだ。これが生まれつき変わらなければ、いつまで経っても互いを理解することは難しい。それを、なんとかしようと努力を長年続けていたりする。これが、カント以前の哲学と「コペルニクス的発想の違い」というわけである。であるなら、そう言われているカント哲学を深く学んでみようという気になる。それ以前の哲学が古いというなら、この歳で無駄なことを学ぶほど時間はないからである。

▶︎定言命法:道徳の最高原則 カントは「嘘をついてはいけない」といったルールが、なぜ正しいのかを突き詰めた。その答えが、自分の行動ルール(格率)を「世界中の人が同じことをしても、世界が破綻しないか?」と自分に問いかけることである、とする。

カントによれば、本当の道徳は「自分の得になるから」やるのではなく、自分の理性が「これは絶対に正しい」と認めた義務に従うことにあるという。これができる存在が、本質的に「自由」であると彼は考えた。

仮言命法とは条件付きの命令のことで、「嫌われたくないなら、嘘をつくな」 ということ。もちろん、こちらはカントが否定する。嫌われたくないなら、が嘘が混じる可能性を含むということである。

定言命法は無条件の命令であり、「(どんな理由があろうと)嘘をつくな」ということ。

✍️なるほど。不退転の決意をするためのヒントを与えてくれる。今の自分にも大きなインパクトを与えるてくれる。常に自分の心に「それは正しいか?」と問いかける必要性を感じる。しかも、その実践によって自分の曖昧な考えを突き詰めることができる。常日頃、間違いを少なくするためのヒントになる。📌 しかし、これだけでは大いなる疑問はある。俺が正しい、で他を一切認めないという姿勢につながらないか、という危惧である。違いを認めなくなると民主主義とは言えなくなる。もちろん、もう一歩踏み込めば、そんなはずはなく、理論が深められていることは想像に難く無いのであるが、それはまた次の楽しみに取っておこう。

中断。

格率 ‖ 一言で言うと、「自分自身が決めている行動上のマイルール」というカント独自の用語のようです。

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カント哲学

平和な時代に生きて

もちろん、こんなフレーズを思い浮かべるからには導線があるわけですが、それは別にして、平和な時代に生まれた私自身を振り返り、運が良かった、と思わざるを得ないので起草を思いつきました。

何を思い浮かべたのかというと、中国の天安門事件です。天安門事件の軍人で大衆に銃の発報を命じられ、それを拒んで後に牢獄で亡くなった人のこと。自分ならいったい、どうするだろうか、と。今までの日本で、こんな切羽詰まった立場には立たなくてもすみましたが。

結論を言うと、私には人間に向けて発報など到底できない。そもそも軍人にはならないとは思うが、それ自体が命令ならどうするか。受けなければ殺されるという物騒な立場だとしたら。

これ以上、書いてゆくと疲れそうだ→中断

詩歌・俳句・川柳・短歌

▶︎ノリさん投稿251223

打ち上がる ロケットの煙 未だ心配

▶︎ノリさん投稿251224

新築の 年末ダッシュで 新年か

クリスマス チキンとケーキと ルイボスティー

クリスマス チキンとケーキと 温ワイン

→ 北欧では、温ワインで、イブに団欒するそうです、チキンやケーキは、?です。

▶︎ノリさん投稿251225

ショートケーキ 二切れ食べて イブ終る

独居老 ボルシチちんして 飯にかけ

温かい 味噌汁食して クリスマス

洗濯と 食事同時の クリスマス

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