裸足の絶望とバームクーヘン

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3日すぎてからの日記となる。さて、すんなり思い出せるか?

◾️260111(日) 荷物受入れ準備 ‖ 1Fの整理整頓。散らかり放題の部屋の整理をしてスッキリした。毎日使う物以外は一定の場所(主に棚)に格納し、ラベルで見出しをつけた。前日からトータル二日間の作業。結果、仕事場になりそうなスペースができた。が、これはJから頼まれた荷物の退避場所を確保するためのものである。⇒早速、どこに置いたか忘れて探し物の時間は増えたが、それも慣れればそれほど不便はなくなるだろう。それ以上に、片付いたことによる精神的な整理感の方が勝るだろう。もっと荷物を減らさないといけないが、とりあえずはよしとする。

◾️260112(月)🎌成人の日〜13日(火)

昔は15日が成人の日だった。誰の都合で毎年日が変わってしまったのか、祝う気持ちも減退した。何より成人の日に生まれた2人の子供の誕生日が右往左往することになったのは残念だ。

朝5:30頃起きて、荷物運搬作業開始〜

「裸足の絶望とバームクーヘン

負の連鎖の果てに

58kmほどの行程を、Googleマップは2時間35分と示していた。

だが実際には、そこに1割ほどの余白が必要だ。道を間違え、休憩を取り、予期せぬ用事が入り込む。特に相方はその傾向が強く、私はその点を失念していた。一人で動く前提の甘い見積もりは、結局、翌日の午前中まで予定を延び延びにした。杜撰な計画だったと悔やむが、後の祭りである。

相方の気質は変わらない。しかし、精神的な成長は確かに感じられ、そこには感心した。感銘といってもいい。我々人類とはそうやって少しずつ進歩していくものなのだろう。

立石で荷物を積み、飯能で下ろし終え、立石に戻った時点で、疲労は限界だった。そこから別行動でJの紹介で1人「古代の湯」に到着。さっそくフロントへ向かった。すると、本日の営業時間が終わっているという。時間を確認すると、5分だけ受付時間が過ぎていた。そこでJに連絡して宿めてもらうことも選択肢がないではなかったが、本能的に体力の限界で体が拒否した。その選択肢は生じなかった。精神力、体力がそうさせたのである。

フロントでしばらく途方に暮れ、立ち尽くしたが、待てよ、わずか5分の遅れだ、と思い直し、時計を指差しながら(わずか5分)意味ありげな笑顔で指を指し、交渉した。スタッフ三人が協議の末、条件付きで入場を許可された。条件は聞かされても、耳には入らなかった。疲労のせいで耳を素通りした。とにかく入場できればいい、はやく横になりたかったのであった。

しかし、安息はほど遠かった。入浴後、宿泊ができないと知り、焦りは募る。体を休めなければ身がもたない。階下に降りてフロントで正直に窮状を訴えると、一人のスタッフが「大きな声では言えませんが」と、駅前のホテルへで泊まる方法を懇切丁寧に教えてくれた。(特別に)施設に駐車したまま、ビジネスホテルで宿泊する案を教えてくれたのだ。その心配りが心に染みた。

しかし、そこからも難題は続いた。フロントで支払いを済ませて向かった靴のロッカーで、もらった合鍵で靴箱が開かない。急いでいるのに、もう待てない空腹に耐えかねてフロントにあったバームクーヘンを一つ買いに戻り、それを口にして再び靴のロッカーに戻ったが、そもそも鍵を差し込んだのかどうか、まるで思い出せない。フロントでは鍵を渡したというが、ポケットのどこを探しても、鍵は出てこない。フロントでは鍵番号は控えていない、という。

裸足でタクシーに乗るしかないのかと途方に暮れていると、親切な女性スタッフが声をかけてくれた。しばらく一緒に靴を探してくれて「鍵の番号が合っていないですよ」と指をさす。それでその鍵を抜いて、その番号のロッカーへ差し込む。それで開いたロッカーに私の靴が入っていた。スタッフの一言で救われた。困った時の人のありがたみを心から感じた一瞬であった。

悪いことは続くものである。次に施設の駐車場へ向かう時の足取りも重かった。スマホの充電器を失くしたばかりか電源が残り少なくなっているのだ。恐る恐る駐車場へ向かう。現代において通信手段を失うのは致命的だ。

続いて入浴時に受け取った駐車券をレンタカーのフロントに置き、それからは這うような気持ちで外に出た。幸い目の前でお客が降りるタクシーがいた。そのタクシーを捕まえて乗り込んだ。近いというホテルの名前を聞き取る余裕もなく、「そこへお願いします」とだけ告げた。数分でビジネスホテルの前に到着した。

チェックイン後、レストランのラストオーダーに滑り込みセーフ。味わう余裕も無く食事を胃に流し込む。宿泊費が高いか安いかなど、どうでもよかった。安いビジネスホテル特有の汗の匂いが残るような部屋であったが、横になれた、ただそれだけでその日は暮れた。朝はすぐ目の前にコンビニがあり、そこでスマホの充電器を手にして、予備の充電器を使って充電して起動できた。よし、昨日までの悪夢の連続はなさそうだ、と胸を撫で下ろす。

──実は、この一連の騒動の前、飯能の自宅付近で車体を道路脇の壁に擦ってレンタカーに傷がついていた事故があったのだ。

45センチほどのこすり傷二本が明らかに目立つ。100%私の過失だ。1人ならもっと慎重にバックするのだが、何かに追われるような焦りがあった。その何か、というのはよく分析しないとわからない。いや、わかってはいるのかもしれないが、それを分析できたところでなんの足しにもならない。

同乗していたJは、昔と変わらぬ口調で原因の徹底究明すべきだと言い張る。正論だが、今の私にはその論理性がかなりの重荷だった。

やがて彼の強硬な勧めで警察に行き、事故の説明をする。当然、現場検証になる。時間はどんどん遅くなる。金網に僅かに塗装の粉が残っていた。特別な損傷はなく、警察からも形式的な説明を受けただけで終えた。大げさな手続きだとは思ったが、警察も仕事だ。Jが相手では避けてはここは通れないことだった。その後、帰路の運転をJに続けてもらい、都内に入ってから私がハンドルを握って立石へ向かった。目的地ではO氏が待ちかねていた。そこで、遅延のお詫びを彼らと別れた。そしてJの勧める「古代の湯」での一幕に繋がるのである。

自然の法則の中で、小さな災禍が連鎖した一日だった。しかし、Jとの対話も、見知らぬ人の親切も、結果としては意味のあるものだったと思う。「災い転じて福となす」――すべては考え方次第だ。

翌日、Jの要望に応えて久しぶりに半日を共に過ごし、ようやく解放の身となった。彼は自分の用事で私が損害を被ったことをしきりに気にしていたが、責任の所在は私にある。私がその責任を果たすことだけで済む。私はこうしたことは全くこだわりはないし、相手のせいなどにはすることが全くない。なので、なぜそこにこだわるのか、と言う点については価値観の相違に加えて別の要因もあると推測されたが、日記の域を越えるので省く。

13日、午後3時頃、電車で飯能に帰宅すると、猫が待っていた。一晩いなかったせいか、足元にまとわりつくのが半端なかった。よしよし、と頭を撫でて餌をやり、ともに寝床につき、深く息を吐く。

良いことも悪いことも重なる。人生、ゆとりを欠いた時こそ要注意である。

あとで気づいたが、もう一件ミスはあったが省く。

2026/1/14 12:00-14:00 記載

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