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6:30-起床 まだ暗くて二度寝しようかと迷った。しかし、時計を見ると6:30。これは起きるべきだと精神に力を入れてモーニングタイムへ突入。猫が私の枕元で一緒に寝ているが、そっと寝かせたまま起きるのだが、めざとく慌てて起きてくる。なんとなく「おかしみ」を感じて心が和らぐ。お腹も空いているのだろう。
朝食は作り置きを用意して、ロカボ食の考えに沿って、しかし、面倒なのでそそくさと終える。
🧑🦯 冷たい朝だ。氷点下には違いない。猫と一緒に外へ飛び出してそのままウォーキングタイムとなる。
8:30-10:30atミスタードーナッツ店∟ ThinkingTime
ThinkingTime :重要な未解決の疑問点に自分固有の解を得る。そのための時間である。
基本的にThinkingTimeは2時間まで。あとはウォーキングなど、体を動かしながら考える=「考える葦」。
10:30-11:00ウォーキング🧑🦯 to マクドナルド店
→3070歩 ‖ ポテト小+☕️ ¥320 11:30-12:00
▷午後
12:00-13:30ウォーキング&ランチタイム
📍 13:30- ロカボ食、糖質制限値再確認。
13:30-14:30 昼寝
→ 14:30-15:00 軽運動 裏庭の手入れ
15:00-17:00 [高活]
▷夜間 未定のまま
📍 21:00-21:30 日記まとめ
📍 22:00-The day is drawing to a close.
【メモ】新しいシューズが少しちいさい?左の足の指[中指、薬指]が痛い。治るのかしばらく不自由ではあるが、様子見とする。
ニュース251227
▶︎ノリさん投稿
寒寒い 室温上がらず 15℃
▷Mandala投稿
15:00-17:00 公共、科学と人間生活、地理総合
昼食後のウォーキングで1時間オーバー。計画倒れ。どうしても計画は無理になる。守れないことが習慣になっている。おそらく私だけではなく、そのように多くの人の思考回路ができているのではないか、と思い始めた。
体系化前
いかに生きるべきか、基本に立ち戻る
①自分の死に方を決める
②次に、日々の行動は、日々の出来事に対応して柔軟に変わる。あるいは変える。迷った場合は、①から導く。結果は争わない(無視)。
③日々の行動の迷いを極小化するために、日々哲学(倫理、哲学、神学、仏典等々)を一定量取り込み、照らし合わせる。
④現在地点での課題を煮詰めておく。学びによって解や行動は変わり得る。現時点では、行動の原点は「それは道徳的に正しいか」を基本に置く。
以上の日々の積み重ねである。ただし上記の行動規範の上に、幸福という概念が存在する。
[定義]行動は「考える事の一部」である。行動のパターンは基本二通りある。直感[脳を介さない反射神経、又は本能的(理論的でない)]。もう一方は思考の結果である。
[高活の意義]知識欲が元になっている。しかし、老いて学んで、ただそれだけで終えることに意義があるのか。考える必要がない、という考えもあるにはあるが。しかし、自己満足だけで良いのか?という点で疑問が残る。当初はこの問題にざっくり言語化したと記憶している。が、ロジックの耕し方が足りていないので、記憶が曖昧である。地に足がついていない。それは他人に語れるほどには掘り下げていない証だ。それが迷いの原因である。では、どうするか?答えは一つしかない。それは、少しでも現役を経験して、そのエキスと考えられる内容をわずかなりといえども現世に残す、ということである。そのエキスが他人の心に残るかどうかは、実体験の中からどれだけ深く掘り下げたかによるのではないか。その掘り下げるのに必要な言動力は、死にどれだけ近づいたかによる、と思う。今は、経験的にも、それ以外にはないのではないかと思う。つまり、死に方を決めることが最重要である。

