日記260303(火)雨4〜12℃

2052 00

不眠、肩凝り、クシャミ連発、、葛根湯を試しに飲んでみた。漢方薬だから副作用は心配ないだろう、、ひょっとして花粉症に効かないかなぁ、、

7:00-9:00 モーニングタイム、朝食他

9:00- 雨の中、眠くなる前にウォーキング開始🚶

9:30-10:30 atセブンイレブン∟ ThinkingTime

→ ブログ記事投稿

→ウォーキング再開

📍 21:00-The day is drawing to a close.

【メモ】

  • Xのアカウント作成、目標は言論活動

ニュースコラム

▶︎イラン革命防衛隊、ホルムズ海峡を封鎖 通過船舶に攻撃と警告

[要約]ホルムズ海峡は世界の石油の約2割が通過する要衝であり、封鎖されれば原油供給の減少と価格高騰を招き、世界経済に深刻な影響を与える。イランはこれまで交渉材料として封鎖を示唆してきたが、中国など友好国への影響を考慮し実行してこなかった。今回の封鎖は、ついに「切り札」を行使した形である。

✍️外部の支援で劇的に革命が短期間で実を結ぶのか、重大な局面と考える。4月に日中首脳会談が予定されている中、どんな戦略が渦巻いているのかは我々では想像がつかない。日本政府は、この危機を「存立危機に該当せず」としている。

▶︎▶︎トランプ氏、イラン攻撃「4〜5週間超えも」 地上部隊投入を排除せず

▶︎▶︎英首相「イラク戦争の教訓」 イラン攻撃不参加、トランプ氏不満✍️教訓とは、イラクの各施設をあるものとして攻撃した結果は、見つからなかったという米国の過去の失敗をいう。

▶︎AIや宇宙スタートアップ、上場後も資金支援 経産省が債務保証拡充

✍️ スタートアップ企業は大きな政府の支援を受ける。民間から資金調達するのに比べ、国家の債務保証支援というのは原則として無限の資金力である。ここに群がる利権構造には注意が必要であることは言うまでもない。が、仕方のない面はある。あまりそれを強調するのは発展を阻害する。それでも、資金の集中先であるからにはそこに必ず利権構造が生まれ、政商の活躍する場は必ず発生する。

コラム 「上り坂の万能感、下り坂の慎重」

#失われた30年 #シュンペーター #エンジニアの心構え

「技術者なら『できない』とは言うな——エンジニアとして教育を受けた者なら、一度は耳にしたことがある言葉だろう。かつての私はこの言葉に感嘆し、以後、それを固く心得ていた。


だが、今はどうだろう。真逆である。「簡単に『できる』と言うな」だ。できると信じながらも、現実に打ち砕かれた経験がそうさせた。安易に引き受けては四苦八苦し、不甲斐なくも謝罪する……。そんな苦い実体験が積み重なり、いつしか私の信条は反転した。その境界線がどこにあったのか、今となっては判然としない。


上り坂と下り坂では、判断の基準がこうも異なる。まるで鏡の世界に迷い込んだような感覚だ。


さて、これを国家という枠組みに当てはめてみたらどうだろう。社会システムに「命」があるとするならば、資本主義にも上り坂と下り坂の周期があって不思議ではない。


「失われた30年」を巡る財政・経済の議論は尽きないが、結局のところ、人間は「今」という時点に縛られた発想しかできない生き物なのではないか。そう考えると、時代の転換を説く先駆的な理論は、常に一定期間無視され続けるに違いない。そして、時代の先を走りすぎた先見の徒は、往々にして痛い目に遭い、地位を失い、早々に表舞台から去っていく。それは数々の歴史が証明してきた通りだ。

例えば近世ではシュンペーターが説いた『創造的破壊』も、壊される側の痛みと抵抗を抜きには語れない。既存の成功という『上り坂のルール』に依存する人々にとって、新しい時代の予兆を語る者は、救世主ではなく秩序の破壊者に映るのだろう。彼らが地位を失い、早くに舞台を去るのは、社会が持つ強烈な拒絶反応の現れなのかもしれない。


そんな思索に耽りながら、ウォーキングは続く。天気予報は大雪を告げ、雨も降り出してきたが、空想と共に歩む時間は案外、乙なものである。

2026/3/3 10:00

[テクニカルメモ]画像作成手順>Gemini無料版でパステルカラーのアイキャッチ画像作成のためのプロンプト[英文]をゲットし、有料で利用中のChatGPT5.2の画像作成機能のプロンプトとして利用し、画像出力を得たものである。

コラム 《アイデアの記録》

忘れてもいい読書術 ― 老活世代のための“ゆるやかな理解”のすすめ

本を読んでいて、内容が難しくて理解できなかったり、覚えておこうと思っても長続きしなかったりすることはないでしょうか。
少なくとも私はそうです。せっかく理解したと思っても、時間が経てば忘れてしまう。これでは時間の無駄ではないか、とさえ思うことがありました。

しかし実際には、完全に消えてしまうわけではありません。思い出すまでに時間がかかるだけです。確かに、その時間は年齢とともに長くなります。若い頃のように即座に引き出すことはできません。それでも、思い出すのです。

最近は、それで構わないのではないかと思うようになりました。理解した瞬間の満足感は決して小さくありません。他人や若者と比較しても意味はありません。学びは競争ではなく、自分の内側の充実だからです。

そこで、私なりにたどり着いた読書法があります。

分からないところは、無理に立ち止まらない。適度に飛ばして読むのです。

これは予習と同じです。まずは全体に触れておく。完全に理解できなくてもよい。軽く慣れておくだけで、後になって思いがけず理解が進むことがあります。専門家の話を聞いたとき、別の本に出会ったとき、あるいは日常の出来事の中で、突然「そういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間が訪れます。

忘れることは失敗ではありません。忘却のあとに再会した知識は、以前よりも深く染み込みます。年齢を重ねるほど、理解は即答型ではなく熟成型になるのかもしれません。

人生100年時代において、学びは試験のためではありません。合格点を取るためでもありません。受験勉強では味わえなかった、純粋な知的満足感を得るためのものです。

だからこそ、新しいことを取り込むとき、最初から完璧を目指さない。ゆるやかに触れ、ゆるやかに忘れ、そしてまた出会う。

それで十分なのだと思います。

年齢とともに遅くなる理解。しかしそれは、遅いのではなく、深いのです。

老活とは、急がない知の歩みなではないか、そんなことを思った日でした。

2026/3/3

人生100年時代に挑戦[老活]

▶︎健康記録 今朝の体調 70/100 深夜覚醒回数 5

▶︎食事療法とレシピ ‖

・朝食‖ お粥100g[白菜、ネギ、豚肉三片]💊タムスロン、葛根湯4錠[本来食間]、外出前に花粉対策[噴霧2滴]

・昼食‖

・夕食‖

・間食‖

▶︎運動 ウォーキング>8000 ‖

▶︎活動

▶︎その他

備忘録