不安という感情 ― サルトルの実存主義(第4回)

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サルトルを学ぼう [004]

不安という感情 ― サルトルの実存主義(第4回)

実存主義において重要な感情の一つが「不安」である。ジャン=ポール・サルトル は、人間が自由であることを自覚したとき、人は必然的に不安を感じると考えた。

なぜなら、人間にはあらかじめ決められた人生の設計図が存在しないからである。どの道を選ぶか、何を信じるか、どのように生きるか。それらはすべて自分自身が決めなければならない。つまり自由とは、同時に責任を背負う(*1)ことでもある。このとき人は、自分の選択が正しいのかどうか分からないまま決断しなければならない。そのときに生まれる感情が「不安」である。

しかしサルトルは、この不安を否定的なものとは考えなかった。不安とは、人間が自由であることの証しでもあるからである。人生に迷いがあるということは、自分で生き方を選ぼうとしている証拠なのである。

老年の視点から振り返れば、人生の節目で感じた不安の多くは、新しい選択の入口でもあったのかもしれない。実存主義は、不安を避けるのではなく、その意味を見つめる哲学なのである。

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【注記】(*1)責任を背負うとは?

基本的には 「自分の未来に対する責任」も含みますが、それだけではありません。
ジャン=ポール・サルトル の考える「責任」は、もう少し広い意味を持っています。

サルトルの実存主義では、人間はあらかじめ決められた本質を持たず、自分の選択によって自分自身を作っていく存在と考えます。したがって、何を選び、どのように行動するかは、すべて自分の責任になります。

ここで言う責任は、主に次の三つの意味を含みます。

① 自分自身に対する責任
自分がどのような人間になるかは、自分の選択によって決まります。したがって、自分の人生の結果を他人や運命のせいにはできない、という意味です。

② 自分の未来に対する責任
今の選択が未来の自分を形作ります。つまり未来の自分の姿にも責任を持つということです。

③ 人類全体に対する責任
サルトルはさらに踏み込み、人が何かを選ぶとき、その選択は「人間とはこう生きるべきだ」という一つのモデルを示すことになる、と考えました。つまり自分の選択は、人間全体に対しても意味を持つという考えです。

このためサルトルは、人間は「自由であるがゆえに、全面的な責任を負う存在である」というわけです。

老活の視点で言えば、どうでしょうか。人は何歳になっても、自分の選択によって人生を作り直すことができるという意味で少なからず元気をいただける気がします。

8:00-日暮里駅マック店内にて記す