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7:30-8:30 モーニングタイム
ウォーキング>6000
9:30-10:30 atローソン∟ ThinkingTime 雑念を払う
胸ポケットに「飯能市ボランティアセンター頼り」が畳んで入れてあった――(コラムへ)


→ウォーキング再開
□〜クッキングタイム(作置)
14:00- 午後のウォーキング 野菜少々買い足し
バイクでひとっ走りし、天覧山付近を抜けて飯能図書館へ立ち寄った。新聞を眺めたあと書棚を巡ると、私の知らない名作が無数に眠っている。やり残したことの多さに一瞬気持ちが沈みかけたが、それもまた老活の一場面である。読めなかった本を惜しむより、今日読める一冊を楽しむことにして図書館を後にした。
□17:30- 午後のうたた寝から起き上がる。相変わらず雲の覆う夕暮れ時。〆の一日一生が始まる。
22:00-The day is drawing to a close.
【メモ】
▶︎眼科で処方された飲み薬を飲んだ以降、眩暈の症状が発症していない。気のせいか、左足も疲れが出てこない。これなら後10年もいけるのでは、とすぐに気が変わる。その前は、後二、三年でお迎えか?と思ったりしたものだ。私の父が白内障の手術をしてうまくいった直後の気分を後10年は死にそうもない、と言っていたのと同じだ。それが実現したらお迎えは102歳であった。
▶︎健康記録 今朝の体調 70/100 深夜覚醒回数 2
→ 目眩なし、快調
▶︎運動 ウォーキング 10,350
深海で息切れする前に
ポケットに「飯能市ボランティアセンターだより」が折り畳んで入っていた。それを横目で眺めながら、自分自身のことを少し考えてみた。
こんな時に思い出すのが、マザー・テレサの言葉である。正確な文言は忘れてしまったが、「遠くの誰かよりも、まず自分の足元を見なさい」という意味だったと記憶している。
その言葉を初めて聞いた時、私が抱いた疑問は少し違っていた。
「では、マザー・テレサ自身の足元はどうだったのだろうか」
というものである。
世界中の貧しい人々に寄り添い、その生涯を捧げた人物である。しかし、その胸の内には、私たちにはうかがい知れない葛藤や迷いもあったのではないかと思う。
理想を掲げることと、その理想を生きることは同じではない。まして他者のために尽くし続ける人生であれば、その道のりは私などには想像もつかないほど険しいものであっただろう。
そんなことを考え始めると、思索はどんどん深いところへ沈んでいく。私自身、海の底へ潜るように考え続けてしまう癖がある。しかし、人間には息継ぎも必要である。
深海で息切れする前に海原へ戻ろう。
そう思って顔を上げ、再びウォーキングを始めた。
2026/6/4 10:30 atローソン

