2115 00
深夜3回起きて、1時間は目覚めて起きていた。早く寝たので早く目覚めた[02:00-03:00]
6:00-get up!
7:00-8:00 outdoor
8:00-運送屋来訪待機
→ →☀︎朝昼食、掃除{キッチン、1F}
📌 10:25 玄関にて引渡し、受取票は物販トレイへ格納[実測サイズ 134 ] ‖ 出荷済み
10:30- Jump to the next work stage.

お腹が大きすぎないか?
掃除、睡眠不足が表面化→2階のソファで横になる。しばらくすると「食べて寝るだけ」のきなこが足元に飛び乗って場所を確保して寝た。
💤〜12:00
12:00- next stage.∟午後2時〜 →雷雨予報。
→ カーペット洗浄
→ 食材買付[ぺぺショップ階下/ネギ、椎茸、鶏胸肉、豆腐、納豆、バナナ、白菜1/2、もずく¥1,924]
→ 軽昼食、下ごしらえ
□最新の深海の生物たちを視聴しながら夕食。
21:00-The day is drawing to a close.
□ToDo / 処分する物の選別と処分方法について、1人会議を行う。
米中首脳、台湾巡り協議 習氏「対処誤れば衝突」とトランプ氏に警告
[出所 日経新聞夕刊]
記事要約
米大統領と中国国家主席は北京で9年ぶりに会談した。習氏は台湾問題について「対処を誤れば米中は対立・衝突に向かい、極めて危険な状況になる」と強く警告した。一方、米側の会談説明では台湾問題への具体的言及は明かされなかった。米中間では経済、安全保障、台湾海峡を巡る緊張が続く中、両首脳会談は偶発的衝突回避と関係管理の意味合いを持つものとなった。
コメント
台湾問題は米中の超大国同士の覇権と安全保障が交錯する危険な火種である。双方が「引けない事情」を抱える以上、強硬発言の応酬だけでは偶発的衝突の可能性を高める。米中対立の影響は世界全体へ波及する。軍事的威嚇よりも、冷静な外交と対話の継続が求められている。
このテーマは、「週刊現代」に掲載されていた玉村豊男氏(*1)のエッセイ最終回の作品についてである。
調べてみると、著者は私と同年生まれであった。もちろん、それだけで取り上げる理由になるわけではない。しかし、その生活スタンスや人生観があまりにも自分と似通っていることに、少なからず驚かされたのである。
同世代の男性として、同じ時代背景を生きてきたことが、似たような発想へと向かわせるのかもしれない。
特に印象に残ったのは、結びの言葉である。本稿は長年続いた連載の最終回であり、本人自身が「結論が出た」と記している。
その内容が、私がここ数年考え続け、折に触れて語ってきた「現役から退く」という感覚と、実によく重なるのである。
「仕事を引退するだけでなく、世の中からも隠遁する、そんな選択肢もありはしないか」
(これは連載中に語られた言葉らしい)
さらに、
「できれば社会の枠組みから離れて、余白から世の中を見る人生を送りたい」
という一節もあった。
その言葉は、まるで自分自身の心の中を代弁されているかのようであり、強い共感を覚えた。
氏はこれまで多くの著作を世に送り出してきた人物である。しかし、この最終回以後、本当に表舞台から姿を消していくのだろうか。
あるいは、本人の意思とは別に、世間が再び引っ張り出そうとするのだろうか。
今後を静かに注視しておきたい。
2026/5/14 自宅にて記す
【注記】(*1)人物リサーチ(因みに失礼ながら、これまでは知らない方です)
出所 ChatGPT-5
玉村豊男(たまむら とよお)
- 生年月日:1945年10月8日
- 年齢:80歳(2026年現在)
1940年代〜1950年代 幼少期
- 1945年、東京都に生まれる。
- 戦後日本の混乱期に幼少期を過ごす。
- 少年時代から絵画や文章への関心が強く、自然観察にも親しむ。
1960年代 学生時代と海外経験
- 東京大学仏文科に進学。
- フランス文学やヨーロッパ文化に強い影響を受ける。
- 在学中から海外への関心が高く、フランス滞在経験を持つ。
- 食文化、ワイン、美術、農村文化への関心を深める。
1970年代 文筆活動の開始
- 通訳、翻訳、ジャーナリスト的活動を経て執筆活動へ。
- エッセイストとして注目され始める。
- 海外文化紹介や旅・食・農業を題材とした独自の文体が支持される。
1980年代 人気エッセイストとして活躍
- 軽妙で知的なエッセイが人気を集める。
- 「都会生活への違和感」「成熟した生き方」「食文化論」などをテーマに執筆。
- ワインや料理に関する著作も増える。
- テレビや雑誌でも活躍。
代表的著作
- 『パリ 旅の雑学ノート』
- 『男と女のヨーロッパ』
- 『料理の四面体』
- 『隠居志願』
- 『田園の快楽』
- 『村で見つけた豊かな人生』
1990年代 長野移住と農園生活
- 長野県東御市(旧東部町)へ移住。
- 浅間山麓で農園とワイナリーづくりを開始。
- 自ら農業を実践しながら執筆を続ける。
- 「都市文明から少し距離を置く生き方」を提唱。
2000年代 ワイン文化への貢献
- 「ヴィラデスト ワイナリー」を本格展開。
- 日本ワイン文化の発展に貢献。
- エッセイだけでなく、実践的農業者・ワイン生産者としても高く評価される。
- レストラン・ガーデン・美術的景観づくりにも取り組む。
2010年代 “隠居”思想の深化
- 高齢化社会の中で、「競争から降りる生き方」を発信。
- 老後論、成熟論、田園生活論などが共感を集める。
- エッセイには「静かな撤退」「小さな幸福」「自然との共生」が色濃く表れる。
2020年代 現在
- 執筆活動を継続。
- ワイナリー経営、講演、エッセイ連載などを行う。
- 「老いをどう受け入れるか」「社会から適度に距離を置く知恵」を語る存在として注目される。
玉村豊男の特徴・評価
1. 「知的隠遁」の提唱者
単なる田舎暮らしではなく、
- 消費社会から距離を置く
- 小規模で自立的に生きる
- 自然の時間に合わせる
という思想を、実生活として示した点に特徴があります。
2. 日本ワイン文化への貢献
日本のワイン文化がまだ未成熟だった時代から、
- 欧州型ワイン文化
- 地域性(テロワール)
- 食と農の一体化
を紹介し続けました。
3. 「老い」の肯定
高齢化を単なる衰退ではなく、
「社会競争から解放される契機」
として前向きに語る作風が、多くの中高年読者に支持されています。
エピソード
長野移住後、自ら畑を耕し、ぶどうを育て、ワインを醸造する生活に入った際、「成功」よりも「納得できる生活」を優先したと言われます。
また、近年のエッセイでは、
「仕事を引退するだけではなく、世間からも少し身を引く」
という趣旨の言葉を繰り返し述べており、“静かな隠遁”への思想が晩年の大きなテーマになっています。
一日の流れ、軌道修正
朝起きてまもなく軽くジョギングをし、コンビニでコーヒーを片手に、一日の予定をざっくり考えながらYouTubeやネットニュースを確認する。
かつてのような長時間のウォーキングは改め、最近は短時間で帰宅して掃除や身の回りの片付けを優先している。
片付けをしながら、先ほどコンビニで考えていた今日の流れを頭の中でなぞってみる。どうしても予定通りには進まない現状を振り返って見れば。頭で考えた通りに物事は運ばないのが現実なのである。現役時代のように逃げ場がない立場ではない。本来、やるべきことをやるには、やらざるを得ない現役という立場が必要なのである。もちろん、それは怠け者の自分という総合的な人間性に根差したものである。
現在における一つの明確な原因は、「体は疲れる」という老活特有な現実を忘れがちで、予定を細かく詰め込みすぎてしまうことにある。
無理を前提に計画を立てるより、余白を残した方が結果的によく動ける。そのことを繰り返し失敗してきて最近ようやく型が定着し始めている。
近しい人から動画が送られてきた。場所は都内の下町である。若者2人が取っ組み合いになり、激しく殴り合っている場面だった。
幸い、人数も2人だけで、命に関わるような深刻な状況には見えなかった。だが、私が驚いたのは周囲の反応である。振り返って笑いながら見ている人、忙しそうに無関心を装って通り過ぎる人、ただ立ち止まって眺めている人――実に様々であった。
なんとも「我関せず」の空気が漂っており、都会の冷たさを感じた。もちろん、下手に止めに入れば危険も伴う。しかし、少なくとも警察へ連絡するなど、できることはあったのではないか。見終えた後、なんとも後味の悪さだけが残る動画であった。
では、自分がその場にいたらどう動けただろうか――そう考えると瞬断はできない。が、少なくとも警察へ連絡はする。
▶︎健康記録 今朝の体調 75/100 深夜覚醒回数 3
📌 水分補給を意識的に始めて数ヶ月[はっきりはしないがひと月はすぎている]、結果①指の腫れぼったさと鈍痛が少なくなった。特に、右手中指から小指は握れるようになっている。きっと尿酸値が下がっている。
→→ しかし、血液が薄くなって眩暈に繋がってはいないか、と思いついた。📌 担当医に尋ねたい。飯能中央病院中西、
→→→埼玉医大の先生に対する質問📌 具合を具体的に説明して対応策を聞く。
▶︎食事療法とレシピ ‖
朝飯前に軽くジョギングし、コンビニでコーヒー片手に1日の計をざっくり練る→コラム。
▶︎運動 ジョギング200〜300mから開始 ‖ 済
ウォーキング>4000 9200
▶︎活動 ‖ 高活・老活・社活・猫活、読書 15分
▶︎その他
人間至る処青山有り ‖ 男子たるもの青雲のどこにでも骨を埋める場所がある
一利を興すは一害を除くにしかず、一事を生やすは一事を省くにしかず
大飯は食うな→分かち合いの精神
それは最善か →放下着(ほうげじゃく)⇒ 禅の教え⇔「すべてを投げ捨てろ、執着を捨てろ」、、、裸では寒い――

