日記260426(日)晴/雲22〜8℃

2097 00

食事中にタイマーが働いた。7時の時報である。

8:57 西武所沢駅通過 → 神保町、岩波神保町ビルへ。12:30〜13:15まで新渡戸稲造の映画鑑賞予定である。時間は早いが久しぶりに周辺をウォーキングしたい。

→ 池袋駅で危うく寝たまま折り返すところであった💦たるんでる。

21:30- The day is drawing to a close.

【備忘録】

22:00 going to bed​.


ニュースコラム

米イラン再協議見送り トランプ氏「誰が責任者なのか分からない」[出所 日経新聞]

✍️ このタイトルからイランが内部的に統制されていない、という事実が透けてくる。組織が弱体化している証左のように思える。一個人の確定的な批評はできない。

特集 イスラム社会の問題点 まとめ

イスラム社会の何が問題なのか

▶︎スンニ派とシーア派の比較◀︎
スンニ派は全イスラム教徒の約85〜90%が占めている。
勢力分布としては、スンニ派の主な地域が サウジアラビア、エジプト、トルコ、インドネシアなど 。シーア派はイラン、イラク、レバノンなど。

そもそもの発端はスンニ派は後継指導者を合意で「カリフ」を支持。シーア派は、血縁を重視し、ムハンマドの従弟アリーとその子孫「イマーム」のみを支持したことによる。世界的な歴史事実でみてもよくある後継者問題が引き金になっているといえる。

▶︎背景
スンニ派とは、予言者の慣行(スンナ)に従う人々の意味である。ムハンマドの血筋にこだわらず、イスラム共同体の合意によって選ばれた指導者(カリフ)を正当とみなしている。歴史的にイスラム世界の主流派として発展してきた。

シーア派は 「アリーの党派」を意味する言葉が語源である。ムハンマドの血縁であるアリー(ムハンマドの従弟であり娘婿)とその血統のみがイスラム世界を導く権利を持つと主張している。独自の法解釈や、殉教の精神を重んじる文化が特徴的である。

▶︎現在
中東の情勢において、サウジアラビア(スンニ派)とイラン(シーア派)の対立軸として語られることが多いが、両派とも「アラーを唯一神とし、ムハンマドを予言者とする」というイスラム教の根本的な教義は共通している。
現代の対立の多くは、純粋な宗教論争というよりも、国家間の主導権争いに宗教が結びついている側面が強い。

▶︎歴史の主要なターニングポイント

  1. 起点:後継者選びの対立(632年)
    ムハンマドが後継者を指名せずに亡くなったため混乱した。

‖ 多数派 ‖ 「ムハンマドの言行(スンナ)に従える、徳のあるリーダーを選ぼう」と考え、初代カリフにアブー・バクルを選出。

‖ 少数派 ‖ 「神に選ばれたムハンマドの血筋(従弟のアリー)こそが導くべきだ」と考え、この結果に不満を抱きました。

  1. 決定的決裂:カルバラの悲劇(680年)
    アリーの次男フサイン(ムハンマドの孫)が、ウマイヤ朝の支配に抵抗して挙兵した。が、イラクのカルバラで凄惨な戦死を遂げた。
    シーア派にとってこの事件は『正当な血統が不当な権力に踏みにじられた』という痛手を受け両派の溝は修復不可能となるに至った。
  2. 政治的な固定化:1501年(16世紀)になり、イランに誕生したサファヴィー朝がシーア派(12イマーム派)を国教としたことで、スンニ派のオスマン帝国と激しく対立した。これが、現在の『サウジアラビア(スンニ派) vs イラン(シーア派)』という中東の対立構造の元凶となった。
コラム

人生100年時代に挑戦[老活]

▶︎健康記録 今朝の体調 65/100 深夜覚醒回数 3

→ 昨日の草むしりで筋肉痛。

▶︎食事療法とレシピ ‖玄米には、1合あたり一掴みの小豆と押麦を混入している。

・朝食‖ ロカボ食、玄米100g、💊2種(一種を飲み忘れた)

・昼食‖・夕食‖・間食‖

▶︎運動 ウォーキング 神保町へ出向いた

▶︎高活・老活・社活・猫活

→ 新渡戸稲造の映画鑑賞

▶︎その他